自分を正しく理解してもらえないことに慣れる

この3年半、区議という仕事をさせて頂き思うことは、自分のことを、他人に正しく理解してもらおうなんて思うことは所詮ムリということに気付いた。何か誤解があっても、自分が正しいと思っている人には通じない。

私の大好きな作家の曽野綾子さんの本にもあったが「神のような正しい判断を誰かに期待してはいけない。」通知表も入学試験も職場の出世もすべてが正確ではないわけで、自分の評価を、全然理解してもらえないと嘆く前に、他人が正確に理解や判断など、そもそもできないことを心得た方がいいのよね。

色々な場面で議論をふっかけられることよくありますが、つい素直なので乗ってしまい、自分の思いとか相手が理解するまで、誠意をもって伝え続けようと思ってたけど、もう疲れはてた。

がっかりされても、嫌われてもそれに慣れることも大事とわりきります。
父のあの鈍感力の塊みたいな精神を今なら尊敬できる。